コンテンポラリージャズ作品。
eyes.

まだこの子たちが小学生だった頃、
憧れのおねえさんたちが踊っていた作品です。


そしてかつては、
私もこの作品を踊っていました笑!

私は日々、
クラシックの型を通して「表現する」ということを伝えています。
クラシックの型は本質的に「正しさ」を求められます。
「正しさ」だけで踊れるとは思ってませんが、
そもそも論、「正しさ」を知らなければ到底バレエにはなりません。

レッスンを重ねて型を追い求めるうちに、
気付いていくことはたくさんあると思います。
そのひとつが、
「崩すことで存在する美」もあるということです。


「崩す」という言葉を使うと、
適当に、楽に、みたいに感じてしまう人もいるかもしれないけど、
全然そうじゃなくて、
ジャンルという、「身体哲学の違い」が存在するということです。


何を美しいとし、
何を礎とするのか、
結局のところ型を破れるひとは型を持った人だけなんです。



長い年月をかけて型を身に付け、
必要に応じてその型を死守することもあれば破ることもある。
自分の意志で。
それでこそ「表現の域」に来たと言えます。

だからコンテンポラリーは、
クラシックのその先にあるもの。と私は考えます。

誰でも踊れるわけじゃなくて、

クラシックが解ってなければ踊れません。

だから私は、
生徒たちがこのテイストを踊れるようになってくれるのはすごく嬉しいです。

これを踊れるくらいになったときには、
曲を聴いて「どう表現するべきか?」じゃなくて、
感じた瞬間に答えはある。
答えなんてないのが答えなのかもしれないし。
その域の会話を、
身体を通してできるようになっています。

テクニックは、
テクニックのためのテクニックじゃなくて、
表現するためのテクニックであってほしい。
これは何事にも言えること。


